イベントレポート

うるわしきかな共同飲食。楽しまんかな「さかもり」の世界。

23 3月 , 2015  

うるわしきかな共同飲食。楽しまんかな「さかもり」の世界。
   ─ 12/12 「焼酎民俗学事始め」に接して/小野村頼子 ─

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2期第4回の焼酎カレッジは「焼酎民俗学事始め~うるわしきかな焼酎」というテーマで九州大学人間環境学研究員教授の関一敏先生にお話をしていただきました。

お話の引き出し役を焼酎マイスター第一期生の磯部せいらさんにお願いしました。
関先生は2012年の福岡市長の家庭外禁酒に対して、西日本新聞に「うるわしき財としての酒を悪用する文化的な罪」という記事を書かれました。要するにそんな野暮なことをしてこの街は大丈夫かと心配されているのです。その記事を読んで是非お話を聞きたいものだと思い、今回念願かなって焼酎カレッジにお呼びすることができました。
関先生は大学でも「雪駄」を履かれていますが、今回も雪駄を履いて櫛田神社へお越しになりました。(なぜ、雪駄なのかということはお聞きするのをわすれました。)
「お酒の専門ではないので!」と言われていましたが、さすが研究者、いろいろ面白い引き出しをたくさんお持ちでした。
引き出し その1. どうして清酒が日本酒という言葉を独占しているのか?
福岡に来て18年目、この地で焼酎を好きになり、焼酎びいきになってくると「どうして清酒だけを日本酒と呼んでいるのか?」という疑問を持ち始めたんだそうです。「焼酎も日本の酒なのに清酒だけが一般に日本酒という言葉を独占しているのはおかしい。文化についても雑穀文化論、芋文化論を唱えている人がいるのに、焼酎の事には全く触れていない。これは新たな研究テーマになるのではないか」と思われたそうです。
引き出し その2.文学者たちと酒
九州の歌人でもお酒の歌のほとんどが日本酒を題材に詠んでいる中、吉井勇(ゴンドラの歌の作詞家)の「あぐら酒」では焼酎の歌を詠んでいる。吉井と同年代の若山牧水は約7000首の歌の中で約200首が酒の歌。その酒の歌に近世から近代にかけてお酒の飲み方が変わってきたことを読み取れるのだそうです。
 *今までは「さかづきごと」(神事など)にしか飲まなかった酒が「日常化」し、酒を飲む機会が圧倒的にましてきた。
 *共同飲食だったのが一人でも飲むようになった。
「酒飲みは何かにつけてわけをいい」という川柳があるように、我々は一人で飲む時には何となく後ろめたい気持ちになるからだそうです。これは私たちの体に「共同飲食で且つ毎日は呑まない」という遺伝子の記憶があり、できれば一人でではなく、理由があって飲みたいということみたいです。
引き出し その3.「さかづきごと」
宮古島のオトーリの話を例にとって話されました。日常の儀礼や神との付き合いに「さかづきごと」は必要なものなのだそうです。
引き出し その4.「酒席」の作法
 以下のような具体例を分かりやすく話されました。
 *宜野湾市新城での泡盛の作法(1925年当時の話)
 *平安時代の藤原道長の日記に、「盃酌数洵(何回も盃が回ってきた)・泥酔不覚(不覚にも泥酔いしてしまった)」と書かれている。これからわかるように貴族でも一つの盃で同じ呑み方をしていたということ。そもそも「さかづきごと」は人と人を繋ぐ機会。人と人を繋ぐのは日常の状態で壁があったりして難しかったりする。酒を飲むことによって非日常になる。お酒の高揚であるところの人と人の和が文章の中で読み取れる。
 *鹿児島の宮之城村に赴任した小学校教師の話(明治の20年代末の話)
引き出し その5.さかもり
柳田邦夫は「もる」には「人に喰わせる」「供与する」「飲食を人と共にする」という意味があり、酒盛りの「もる」もこの意味。
同じ飲食を双方の体内に分かち摂して、眼に見えぬ連鎖を新たに繋ぎ合わせようという目的が酒の本来の用法だそうです。
引き出し その6. 津軽三味線の演奏
。関先生が師匠と呼んでいる“ 安田昇龍さん”による津軽三味線の演奏
これはやはり会場に来ていただいた方にしか味わえない素敵な時間でした。

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